関東学院 六浦幼稚園

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僕は、今、関東学院六浦中学校に通っています。同じクラスで同じ演劇部の友達とは、年中から8年間も同じクラスで仲良しです。
年少の時、僕はとてもおとなしかったので、幼稚園に行ってもなかなか下駄箱のところから教室に入る事ができず、母を困らせていたようです。でも、友達とウルトラマンごっこをしたり、泥だんごを作ったり……。年少で海の公園に遠足に行きましたが、それから小6まで9回も春に毎年行くとは、思っていませんでした。学校は違っても今でも仲良しだった友達とは、連絡をとっています。
卒園式では、ガウンを着た園長先生から人生初の卒業証書を受け取りました。ちょっと緊張しました。あの時、とても大きく見えた先生方でしたが、今では、僕より小さくなった気がします。
将来、もし、人間環境学部に進学でき保父さんになれたら六浦幼稚園で働きたいです。これからも、沢山の友達と共に学び、遊び、日々神様に感謝して過ごしていきたいと思っています。

私は2年間、この幼稚園で過ごしました。
優しい先生方に囲まれ、大縄とび、ドロだんご、缶けり、お店屋さんごっこなどを楽しみました。
中でも一番思い出に残ったのは缶けりです。たくさんの友達と先生と一緒にいつ缶をけるか、ハラハラドキドキしていたことが、印象に残っています。
もう一つはクラスでかっていた「かめピー」のお世話です。誰もつかめなかった「かめピー」を私は1人でひょいともちあげ、洗ったことを思い出すと「こわいもの知らずだった」と自分でもびっくりします。
この幼稚園で過ごして経験したことは、私にとってとても楽しく内容の濃い2年間となりました。

ぼくは、幼稚園のころ、園庭でドロけいや、リレーをやったり川を作ったり、泥だんごを作ってピカピカになるまでみがいていました。
年長さんとロケット公園に行き木登りを教えてもらったことを覚えています。そしてどんぐりをたくさん拾って、ドングリケーキを作ったり、ドングリゴマを作ってお店を開きました。
冬には、コマ回しや毛糸を使った指あみを教えてもらってできるようになった時は嬉しかったです。
弟を見ていると幼稚園のころに戻って遊びたいなと思ってしまいます。

わたしのようち園の思い出は、先生や友だちと『大なわとび』でいっぱい遊んだことです。ようち園でたくさん大なわとびで遊んだから、小学校でも大なわとびをじょうずにとぶことができました。
また、先生は毎日お帰り前に本を読み聞かせてくれました。いつも次の日のお話が楽しみでした。
私は、関東学院六浦ようち園が大好きです。

私は、関東学院六浦ようち園でいろいろな事を学びました。その中でも、ねんちゅうの時に友達と先生と一しょにおにごっこをしたことが一番心にのこっています。そのころは、毎日、ようち園に行くのが楽しみでした。私は六年生で、花の日礼はいのお花を関東学院六浦ようち園に届ける事になった時は、ひさしぶりに先生たちに会える!と思って、とてもうれしかったです。お花をわたした先生は、ねんしょうの時におせわになった先生でした。とてもなつかしくて、あっというまに時間がすぎたような気がしました。 私は、この関東学院六浦ようち園を卒業できて、本当によかったと思います。

私は三年間、関東学院六浦幼稚園ですごしました。楽しい事ばかりたくさんありました。特に心の中に残っている出来事は花の日礼拝とクリスマス礼拝です。
花の日礼拝では、みんなで花束を持って消防署や福祉センターに届けました。みんながとても、よろこんで下さったので私までうれしくなり、とても印象深いです。
クリスマス礼拝は、窓からプレゼントを持ったサンタクロースが入って来てとてもびっくりしました。一人一人にくれたプレゼントは、今でも私のお部屋に大切にかざってあります。
けれども、幼稚園の楽しい思い出はありすぎてここには書ききれません。今でも遊んでいるお友達や先生方の事、そしてこの三年間すごした幼稚園の思い出は一生の宝物です。

私は3年間、この幼稚園ですごしました。園庭には木があったので、木登りをしました。初めは全く登れませんでしたが、先生が応えんしてくれたので、上の方まで登れるようになりました。小学校にある木でも上手に登れます。毎日応えんしてくれてとてもうれしかったです。おにごっこでは、みんなのアイディアをつかって、先生がもっと楽しいおにごっこにしてくれました。一度つかまっても仲間にタッチしてもらえばふっ活できるルールが私は楽しかったです。クラスや学年のちがうお友だちとたくさんあそんだので、小学校でも、すぐにみんなと仲よくなれました。
クリスマス近くになると、けん金を始めます。年少のころはまだけん金の意味がわりませんでしたが、やっと小学生になってわかりました。今ではけん金を年少からやってよかったと思っています。幼稚園の3年間、毎日たくさんの楽しい思い出を作れてよかったです。

ぼくは、虫が大すきだったので毎日友だちといっしょに虫をさがしていました。
土の中にはかなぶんやアブのよう虫がいて、だんご虫や毛虫もいてたくさんかっていました。
たのしかったのでまた、もどりたいです。

まいにちみんなとあそべるから、ようちえんはたのしかったです。
がっこうにいってもみんなのこともわすれません。
あえないのがさみしいけど、こころにのこっているからだいじょうぶです。

ぼくがようちえんで思い出にのこっているのはスクールバスでつうえんしたことと、ストライダーであそんだことです。
スクールバスはまい日ぼくのおうちのすぐちかくにきてくれて、あんしんします。まどがわのせきにすわれた時は外がよく見えるのでうれしかったです。今もスクールバスを見かけるとうれしくて手をふってしまいます。
ストライダーであそぶ時はえんていの一ばん大きい山のと中からすべって下に行きます。あそんでいる時にころんでしまうとお友だちがたすけてくれました。今も、おとうさんの会でお父さんがこどもえんにお手伝いに行くときはいっしょに行ってストライダーであそびます。
もう一かいスクールバスにものりたいし、またストライダーであそびたいです。

「今振り返って」
子どもと共に泣いたり笑ったり出来る時間は、とても短く貴重な宝物です。
私より背丈がかなり大きくなった息子を眺めながら、近頃ふと思い出します。
キラキラ太陽の下を汗だくで思いっきりお友達と走り回った日、硬いツルピカ泥団子が出来て自信一杯だった日、大好きなお友だちと取っ組み合いの喧嘩をして悔しくて泣いた日、心を合わせて空に向かい大きく大きく広げたパラバルーン……
親子で「いつも本気」「いつも一生懸命」だった幼稚園生活の様々な場面を。
毎日の遊びや活動の中では体験を通し、子ども同士が《自分らしさ》を探り他人を認め受け入れて行く、心の訓練をしていたのかも知れません。
その過程で先生方、スタッフの皆様には、一人一人の個性を大切に温かく支えて頂き、時には厳しく見守って頂いた日々を、今も感謝しております。
そして息子の精神の土台には、そんな幼稚園時代の目に見えない学びの積み重ねがしっかりと根付き、今、自分の道を歩みだしています。

4年生になる女の子と1年生になる男の子を持つ卒園生の母です。
上の子が卒園する際の先生と最後のさようならの握手(降園時はいつも一人一人と握手をして「さようなら」をしてくれました。)の時、「先生はずっとこれからもあすちゃんの事を応援しているからね。先生のみている空とあすちゃんのみている空は同じだヨ。だから、何かあった時はいつでも幼稚園に来てね。」と子どもの両手をしっかりと握って、やさしく言っていただきました。
私も子どもも思わずホロリ……
今でも上の子はそのときの事を良く覚えています。離れていてもつながっている……そんな安心感を与えてくれた幼稚園と先生方にとても感謝しています。

「人になれ 奉仕せよ」
この言葉と出会ったのは8年前、関東学院の校訓です。
現在小学6年生、4年生、1年生の3人の息子がお世話になりました。
長男の入学式、緊張した私達を先生方がやさしく迎えて下さいました。
暑い日も寒い日も園庭でお友達と元気に楽しくのびのび走り回る日々。時にはお友達と喧嘩した事もありました。その度、先生方が子どもときちんと向き合って解決に導いて下さいました。息子達それぞれが身体だけではなく、心も成長した3年間でした。先生方が子どもに話しかけてくださった言葉は、親の私も勇気づけられ、安心したことを覚えています。
子どもだけではなく、私も少しですが、奉仕活動をさせて頂てき、貴重な体験をしました。
親子でたくさんの方と出会い素敵な時間を過ごせたことは宝物となりました。感謝しております。
卒業した今でも「人になれ 奉仕せよ」は心に刻んでいます。

我が子二人の幼稚園生活は「泣く」ことから始まりました。上の娘は一週間ほどでしたが、下の息子は慣れるまで3か月以上要した気がします。親として不安な日もありました。お迎え時に『最初は一人で遊んでいましたが、あとで〇〇君と仲良くしていましたよ』『今日は少し泣いちゃったね』と、先生が教えてくださる園での様子をいつも聞くのが楽しみでした。内容の良し悪しに関わらず本当に大切な思い出です。
子ども達が幼児期の3年間で経験した友だちや先生との会話、お祈りや自然とのふれあい等は、優しさや慈しみ、悲しみの表現など人間性の土台になっていると感じる時があります。それぞれの個性と自主性を尊重しながら、根気よく毎日の一歩を育てることは親だけではできません。伸び伸びとした教育環境には先生方のサポートがいつもありました。この子たちが成長する中で受け継いでいくものも多くあり、幼稚園での思い出は親子の大切な財産になっています。

父親となると、なかなか園に行く機会がなかったりしますが、そんな中、大きな出会いが二つありました。一つは「ストライダー」年少組の頃、「ストライダーに夢中になっている」と聞き、都合をつけて園に行くと、旧園庭の坂を満面の笑みでストライダーで駆け下りる息子の姿が。その日から卒園するまで、南は福岡、北は宮城へとストライダーのレースが家族旅行に。
もう一つは、「おやじの会」2014年に、有志のお父さんが集まり、おやじの会が正式に発足しました。手探りの状態から、先生方の多大なるご協力のおかげで、ビオトープの整備、流しそうめん、ピザづくりなど、活動が広がってきました。
子どもたちの為に汗を流し、子どもたちと一緒に遊び、そしてお父さん同士の交流の輪も広がり、非常に楽しいです。息子が卒業してからも、おやじの会は引き続き現役でイベントに参加させてもらっています。今でも息子を一緒に連れていくと、先生が「大きくなったね!」「小学校はどう?」など声をかけてくれ、大変うれしい限りです。(「おやじの会」は現在「お父さんの会」という名称になりました)